アイコンタクト
2010年10月09日
もう1つのなでしこジャパン ろう者の女子サッカー
映画『アイコンタクト』を観てきました。
公式サイトはここ

【STORY】
おしゃれ おしゃべり サッカー大好き!
2009年夏、台北。第21回デフリンピックに初出場を果たした“ろう者サッカー女子日本代表”。
高校生や大学生もいれば、30代の選手もいる。
環境も職業もさまざまで、手話を覚えた時期も異なる彼女たちが
全国各地から集まり練習を積み重ね、思いのたけを込めて台湾での試合に挑んだ。
初めて世界に挑戦することで成長してゆく選手たち。
映画は大会のみならず、学校や職場など、それぞれの歩んできた道や家族の思い、
ろう教育の変遷と現状などにも迫ると共に、オシャレで、おしゃべり、サッカー大好きな等身大の選手たちを描き出す。
【感想】
映画の冒頭
「健聴者の印象は?」の質問に、
「顔(目だったかな?)をみない。じっと見るとあんまり見ないでと言われる」
むむむむ~。言われてみればそうなのかも。
私たちは自然と音に頼っている。
相手を見なくても会話ができる。気配を感じる。
その一方で、
「伝えようとすること、受けとめようとすること。」
大切なものを軽視していないかと自問自答する場面でした。
映画では、彼女たちが、
口話、手話、筆談といったさまざまな方法でコミュニケーションをとっていることがわかります。
ろう教育の現場では、長い間、口話習得の妨げになるという誤解などから、
手話が禁止されていたそうで、その結果、同じろう者であっても、手話が使える人、使えない人がいるそうです。
音が聞こえない彼女たちにとっては、口話はとても難しくて辛い訓練のようです。
特に、サの行と、タの行を使い分けるのが大変とのこと。
耳で自分が発した音を確認できないのですから、当たり前ですよね。
「コミュニケーションがうまくとれない。」
これは、ろう者に限らず、多くの人の悩みです。
コミュニケーションがうまくとれないことで、自分に自信をなくしたり、
積極的になれなくなったり、関連していろいろ不自由なことが起きがちだからです。
実は、私も耳が原因で、コミュニケーションがうまくとれないとストレスを感じたことがありました。
今年の春に右耳の手術をしました。耳硬化症といって、
耳の中にある3つの骨のいづれかが固くなって、音の振動を伝えることができなくなる病気です。
手術前は低音が聞こえませんでした。
日本映画やテレビのボソボソとした特に男性の声、
日本人は口元で話すので、余計に聴きとりずらいですね。
ろう者の人たちも、口話は、同じようにわかりずらいものなのではないでしょうか?
ワークショップ中に右側の男性がファシリテーターの私に話しかけても、
よく聞こえず、何度も聞き直したことがありました。
大変申し訳なく思います。
一番辛いのは、知り合い3人以上で話をするときです。
私も一番右側に位置すればいいのですが、左側になることもよくあります。
奥の二人以上が顔を見合わせて話をしていると、ほとんど聞き取れません。
聞こえないということは、会話に入っていけないということになります。
聞こえて会話についていっているフリをしたこともあります。
これは本当にストレスです。
疎外感や自分のふがいなさ等ネガティブな感情が湧きやすくなります。
耳の障害は、見た目では障害があることがわからないということが辛いです。
話しかけても、わからない。反応が悪い、無視したように思われる。
生まれつきの障害はもちろんですが、
突発性難聴など耳の病気になった人、年をとって耳が不自由になってきた人
耳が原因で、コミュニケーションがうまくいかなくなくなることは、
私たちにも十分起こりえます。
キャリアの相談でもそういう方がいらっしゃいました。
耳の病気にかかった方でしたが、よく聞き取れないがために、
他の従業員とうまくいかなくなり、次第に会社に行けなくなってきたというものです。
家でも家族の理解を得られず、苦しんでおられました。
コミュニケーションというのは、受け取れないほうも辛いですが、
伝えた方も伝わらないと辛い。
本当は、本人でなく、本人と一緒に本人の病気と闘わなければいけないのに、
本人の性格の一部のように責めて追いつめてしまう。
そんなことも起こりがちなのかもしれません。
映画に話を戻すと、彼女たちはとにかく明るい。
そして、自分自身や、周りを分析する力、
自分の言葉で説明する力にたけていると思いました。
わからない、なんとなく。
若者がよくつかう曖昧な発言が少ないのが印象的。
聞こえない分、文字の習得も早かったようですし、
ろう学校でも、日常の中で自然と言葉が入ってこないという状況を考え、
言葉を入れることに力を入れているようです。
恐らく、健聴者以上に、伝えることに対して誠実なのだと思います。
サッカーでも、「アイコンタクト」「目をみて」と言う言葉が頻繁に語られます。
自分たちは、耳が聞こえないから、下を向いたらダメ。
どんなときも顔をあげて、みんなの顔をみる。
自分が伝えていることが、ただの音にならないように。
相手が伝えていることを、ただの音として流されないように。
どんなときも顔をあげて、みんなの顔をみよう。
そう思った映画でした。
映画『アイコンタクト』を観てきました。
公式サイトはここ

【STORY】
おしゃれ おしゃべり サッカー大好き!
2009年夏、台北。第21回デフリンピックに初出場を果たした“ろう者サッカー女子日本代表”。
高校生や大学生もいれば、30代の選手もいる。
環境も職業もさまざまで、手話を覚えた時期も異なる彼女たちが
全国各地から集まり練習を積み重ね、思いのたけを込めて台湾での試合に挑んだ。
初めて世界に挑戦することで成長してゆく選手たち。
映画は大会のみならず、学校や職場など、それぞれの歩んできた道や家族の思い、
ろう教育の変遷と現状などにも迫ると共に、オシャレで、おしゃべり、サッカー大好きな等身大の選手たちを描き出す。
【感想】
映画の冒頭
「健聴者の印象は?」の質問に、
「顔(目だったかな?)をみない。じっと見るとあんまり見ないでと言われる」
むむむむ~。言われてみればそうなのかも。
私たちは自然と音に頼っている。
相手を見なくても会話ができる。気配を感じる。
その一方で、
「伝えようとすること、受けとめようとすること。」
大切なものを軽視していないかと自問自答する場面でした。
映画では、彼女たちが、
口話、手話、筆談といったさまざまな方法でコミュニケーションをとっていることがわかります。
ろう教育の現場では、長い間、口話習得の妨げになるという誤解などから、
手話が禁止されていたそうで、その結果、同じろう者であっても、手話が使える人、使えない人がいるそうです。
音が聞こえない彼女たちにとっては、口話はとても難しくて辛い訓練のようです。
特に、サの行と、タの行を使い分けるのが大変とのこと。
耳で自分が発した音を確認できないのですから、当たり前ですよね。
「コミュニケーションがうまくとれない。」
これは、ろう者に限らず、多くの人の悩みです。
コミュニケーションがうまくとれないことで、自分に自信をなくしたり、
積極的になれなくなったり、関連していろいろ不自由なことが起きがちだからです。
実は、私も耳が原因で、コミュニケーションがうまくとれないとストレスを感じたことがありました。
今年の春に右耳の手術をしました。耳硬化症といって、
耳の中にある3つの骨のいづれかが固くなって、音の振動を伝えることができなくなる病気です。
手術前は低音が聞こえませんでした。
日本映画やテレビのボソボソとした特に男性の声、
日本人は口元で話すので、余計に聴きとりずらいですね。
ろう者の人たちも、口話は、同じようにわかりずらいものなのではないでしょうか?
ワークショップ中に右側の男性がファシリテーターの私に話しかけても、
よく聞こえず、何度も聞き直したことがありました。
大変申し訳なく思います。
一番辛いのは、知り合い3人以上で話をするときです。
私も一番右側に位置すればいいのですが、左側になることもよくあります。
奥の二人以上が顔を見合わせて話をしていると、ほとんど聞き取れません。
聞こえないということは、会話に入っていけないということになります。
聞こえて会話についていっているフリをしたこともあります。
これは本当にストレスです。
疎外感や自分のふがいなさ等ネガティブな感情が湧きやすくなります。
耳の障害は、見た目では障害があることがわからないということが辛いです。
話しかけても、わからない。反応が悪い、無視したように思われる。
生まれつきの障害はもちろんですが、
突発性難聴など耳の病気になった人、年をとって耳が不自由になってきた人
耳が原因で、コミュニケーションがうまくいかなくなくなることは、
私たちにも十分起こりえます。
キャリアの相談でもそういう方がいらっしゃいました。
耳の病気にかかった方でしたが、よく聞き取れないがために、
他の従業員とうまくいかなくなり、次第に会社に行けなくなってきたというものです。
家でも家族の理解を得られず、苦しんでおられました。
コミュニケーションというのは、受け取れないほうも辛いですが、
伝えた方も伝わらないと辛い。
本当は、本人でなく、本人と一緒に本人の病気と闘わなければいけないのに、
本人の性格の一部のように責めて追いつめてしまう。
そんなことも起こりがちなのかもしれません。
映画に話を戻すと、彼女たちはとにかく明るい。
そして、自分自身や、周りを分析する力、
自分の言葉で説明する力にたけていると思いました。
わからない、なんとなく。
若者がよくつかう曖昧な発言が少ないのが印象的。
聞こえない分、文字の習得も早かったようですし、
ろう学校でも、日常の中で自然と言葉が入ってこないという状況を考え、
言葉を入れることに力を入れているようです。
恐らく、健聴者以上に、伝えることに対して誠実なのだと思います。
サッカーでも、「アイコンタクト」「目をみて」と言う言葉が頻繁に語られます。
自分たちは、耳が聞こえないから、下を向いたらダメ。
どんなときも顔をあげて、みんなの顔をみる。
自分が伝えていることが、ただの音にならないように。
相手が伝えていることを、ただの音として流されないように。
どんなときも顔をあげて、みんなの顔をみよう。
そう思った映画でした。
Posted by rika_rika at 14:20│Comments(0)
│タッチとアタッチメント